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東京高等裁判所 昭和35年(ナ)14号 判決

原告 南俊夫

被告 東京都選挙管理委員会委員長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「昭和三五年一一月二〇日に行われた東京都第一区における衆議院議員の選挙を無効とする。訴訟費用は、被告の負担とする。」旨の判決を求める。

第二請求の原因

原告は、昭和三五年一一月二〇日に行われた衆議院議員選挙の東京都第一区における候補者であるが、同選挙区の選挙は、つぎの理由で無効である。

一  日本国憲法は、その前文冒頭に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」する旨述べ、衆議院議員や参議院議員が主権者たる国民から直接選ばれた代表者として、国民の厳粛な信託により国政に参与し、立法を通じ国民生活を規制することとしているのであるから、その選挙が公正かつ適正に行われるべきことを強調しているものといえる。日本国憲法は、国民の基本的人権を尊重し、民主主義に基く国政の運営を定め、公務員に国民全体の奉仕者たるべき義務を課している(日本国憲法第一五条)。また、この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律等は効力を有しないと定めている(同法第九八条第一項)。

この日本国憲法を貫く基本原則と平和の精神とから明らかなとおり、国会議員選定のための選挙法のあり方は、(1)主権者たる国民の地位を法の下において公正かつ平等に取り扱い(憲法第一四条)、(2)私費による選挙運動(公職選挙法第一二九条以下)や選挙運動に関する支出金額の法定制限(同法第一九四条)などを全廃し、全額国庫負担の純粋な選挙公営制度に改められるべきであり、(3)また、立会演説会(同法第一五二条以下)や公営施設使用の個人演説会(同法第一六四条)でも有権者との間で十分質疑応答ができるよう演説会の回数を増加し、(4)選挙公報(同法第一六七条)を作製するに当つては、候補者を特定の場所に集め時間と字数を制限して政見を記述させ、これを一括公報として有権者に配布し、候補者の政治的識見や能力について十分審査検討できるよう配慮すべきであるし、(5)立候補届出の場合も、公職の議員たるべき権威と信頼とを確保するため、相当数(一〇ないし二〇名)の有権者が保証する推薦制度を採用すべし、(6)選挙違反に対する処罰規定のごときは、厳罰主義をもつてのぞみ、候補者はもちろん推薦保証人でも公民権の停止またははく奪による連座失格制度を採用すべきである。

ところが、現行の公職選挙法は、右に対比して余りに矛盾が甚だしく、必要な規定を欠き、そのため、選挙は金銭と組織とを動員し、社会的地位や政党等の大きなハンデイキヤツプの中で行われ、悪質な利権あさりと派閥抗争に明け暮れ、一般国民の選挙に対する関心を喪失させ、選挙のたびごとに棄権率は上昇し、議会政治を否認する声は過激な政界粛正の動きとなるにいたらせている。そして、今回の選挙に当り、政党所属の候補者についてだけ多額の選挙資金が使われ有利な選挙運動が行われ、現職の公務員が特定候補者の選挙運動に多数関与し、ポスターその他宣伝材料に政治的肩書を有する人々の地位が利用されていた事実があり、また、選挙運動に関する支出金額の法定制度が不当に利用されたり、寄付行為が認められていて、すでに選挙運動の出発において不平等を来たしていたり、選挙運動に関する収入支出の報告書につくりごとがあつたりした。

それにもかかわらず、選挙管理機関は、これを取り締ることができず、東京都第一区の選挙においては、いまだかつて国政に何らの経歴も実績もなく、固定した地盤も持たない新人候補者が、後記のように国民審判の場である公営立会演説会にさえ一回も出席せず単に政党公認というだけで、片寄つた多くの票をかき集めて当選している。これは、現行の公職選挙法が、法律として権威も信頼もなく、日本国憲法の前記のような基本原則や精神に違背していることに基いているのであつて、このような状態と公職選挙法のもとで行われた選挙は、憲法第一四条に違背し無効である。

二  また、現行の公職選挙法には、唯一の公的批判の場として義務制公営立会演説会(同法第一五二ないし第一五四条)が規定されているか、この演説会については、政治責任の重い立法府議員の中でも、技術的に立会演説の不可能な参議院(全国)区議員を除外し、特に衆議院議員と参議院(地方区)議員および都道府県知事の選挙だけに限り公営の立会演説会を行うと定められ、かつ、立会演説会では、演説に録音盤の使用が許されず、原則として公職の候補者本人が参加しなければならないが、万一急病等やむなく出席できないときは候補者の代理として一人限り立会演説会において演説を行わせることができると明定されている以上、右規定は、選挙管理機関の演説会開催義務を含むほか、主として公職の候補者が公営立会演説会に出席参加すべき義務を定めているもので、参加の権利は義務でもあると解すべきところ、今回の選挙における東京都第一区第二班の立会演説会については、定められた演説会三三回(ほかに休会したもの三回がある。)のうち、自民党公認候補者安井誠一郎、社会党公認候補者浅沼享子は、最初から一回も出席せず、また共産党公認候補者きくなみかつみは、数回出席しただけで右二候補者の不参加を理由に以後欠席し続けたのであつて、出席できない十分明確な理由を選挙人らに明らかにしなかつたばかりか、代理人さえ参加させなかつたが、これは、あえて国民の主権を冒とくし、憲法に連らなる公職選挙法の大切な右条項までも無視するものである。原告は、公営の立会演説会がさびれ連日聴衆は減る一方で、ほとんどの会場が数十名の聴衆に過ぎず、甚だしいときは一〇名程度の状態であり、他の立候補者はもとより聴衆の憤激をみるに忍びず、選挙管理委員会を通じ、またその他の方法で、欠席候補者に対し演説会への出席を再三促したが、少しも反省されなかつたので、出席した候補者や同志たちとはかり、昭和三五年一一月一四日台東区下谷公会堂における立会演説会の席上、右候補者らに対し抗議し、かつ、その立会演説会出席のため善後措置を講じなかつた東京都選挙管理委員会の職務怠慢の責任を追及する提議をするにいたつたほどである。

東京都選挙管理委員会は、当面の所管者として右のような欠席については、適宜対策を講ずべきであるのに、単に出席を勧告しただけで何らこれをせず、いろいろな悪条件を克服しながら日本国憲の精神と公職選挙法のよい一面を守りぬいた落選候補者を社会的に葬り去ろうとするがごときは、憲法の保障する日本国民としての人権のじゆうりんであり、かつ、国民の参政権を冒とくするものであつて、憲法と選挙の規定に違反してされた今回の東京都第一区の衆議院議員選挙は無効である。

よつて、請求の趣旨のとおり判決を求める。

第三被告の答弁

一  主文同旨の判決を求める。

二  原告主張の請求原因事実中、原告が昭和三五年一一月二〇日行われた衆議院議員選挙の東京都第一区の候補者であること、同選挙区第二班の公営立会演説会が原告主張のとおり開催されたこと、同選挙における東京都第一区の候補者安井誠一郎、同浅沼享子が右第二班の公営立会演説会全部に欠席し、同きくなみかつみが原告主張のとおり(同月七日以降)欠席したことは認めるが、その演説会に来会した聴衆の数その他の事実は争う。

なお、選挙無効の要件としては、選挙管理機関が選挙の規定に違反するかまたは明文の規定はなくても選挙の基本理念たる自由公正が著しく阻害されたことのほか、それらにより選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあることを要する。ところが、原告は、右のような規定違反または選挙の自由公正を著しく阻害する具体的事実を指摘していない。なお、その国民平等の原則に反すると主張する私費を用いる選挙運動等についても、憲法第一四条は、そこまで平等を要求するものではない。また、公職選挙法第一五二条以下に規定する立会演説会は、選挙管理機関において開催する義務があるにとどまり、公職の候補者の参加を義務づけるものではない。東京都選挙管理委員会は、右三候補者に対し選挙の円滑な執行のため、できる限り、出席するよう勧告したが、その出席を強制する権限も義務もないのである。なお候補者が欠席した場合、選挙管理委員会は、公正を期するため、さきに決定されている順序、班等を変更することなく演説会を行うべく、また、候補者は、欠席の理由を右委員会に申告する義務がなく、委員会もこれを調査する権限を与えられていない。同委員会としては、右のような欠席に対し採りうる措置は講じたのである。原告の請求は、失当である。

第四証拠〈省略〉

理由

一  原告が昭和三五年一一月二〇日に行われた衆議院議員選挙の東京都第一区における候補者であることは、当事者間に争がない。

二  原告は、まず、日本国憲法に存する主権在民、基本的人権の尊重、平和主義の基本原理を掲げ、これより公明かつ適正な選挙の不可欠なゆえんを指摘し、ついて、原告の考える国会議員選挙のあり方に及び、ひいて、現行公職選挙法のもとにおける本件選挙が、各候補者について平等公正な条件のもとに行われず、一方、選挙をする国民には民主的な選挙に対する関心と信頼とをなくさせ、国民の主権をじゆうりんしているので、公職選挙法とこれに基く本件選挙は、憲法第一四条をはじめ日本国憲法の基本原理に違背し、選挙は無効であると主張する。

日本国憲法が、原告の主張するように、主権が国民にあり、国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、その代表者は国民の厳粛な信託により国政にあずかり、国民に属する権力の行使に当ることを定め、また、国民の基本的人権が尊重されなければならないことを明らかにしており、そのためには、国民の代表者を選ぶ選挙が、公明かつ適正に行われなければならないこというまでもないところであるけれども、憲法第一四条にいう法の下の平等とは、一定の法的な差別待遇を禁ずる趣旨であり、原告の指摘主張する私費による選挙運動、選挙運動に関する支出金額の法定制限その他についての公職選挙法の規定が、特定の者を法的に差別待遇しているものでないことは明らかである。かえつて、原告は、右の規定が公職の候補者を差別なく取り扱う結果、政党所属の候補者や資金を多く有する候補者などが、そのような裏付のない者に比して、有利となることのあることを、派閥抗争などとの関係において非難するに帰するようであるが、もと、政党その他の政治団体は、国民に参政権が認められ、政治的な言論の自由、結社の自由が保障されるところ必然的に生ずるものであり、その活動も、民意の正しい表明、選挙運動その他活動における自由適正の確保がえられる限り、許されなければならないところであること、また、選挙運動の費用に関しても、全額公費負担による純粋の選挙公営が望ましいものではあるが、また候補者をしてできるだけ平等の経済的条件のもとで経費のかからない選挙を行わせることを考えつつ、選挙運動の公正を期するため支出金額の制限を法定することは、十分合理的に考えられることであること、さらに、法の下の平等自体、各人を絶対的に平等に扱うことを要請するものではなく、人と人との間の性別、年齢、能力などのちがいを考慮に入れつつ民主主義の理念に照して不合理と考えられる差別を禁ずる趣旨のものであることなどを考え合わせると、公職選挙法の右制度は、それが不十分な点を含み最善なものといえないとしても、法の下の平等についての憲法第一四条その他前示憲法の基本原理に牴触するものということはできない。なお、現職の公務員が特定候補者の選挙運動に多数関与し、ポスターその他宣伝材料に政治的肩書を有する人の地位が利用され、選挙運動に関する収入支出の報告書につくりごとがあつたことその他原告主張の事実については、原告の全立証をもつてしても、これらが、選挙区の全般に組織的に及ぶなど、選挙の自由公正がそこなわれたことを推認させ、ひいて選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるにいたつたことを認めしめるにいたらないから、これを原告の主張を認めしめるよりどころとすることができない。

三  つぎに、昭和三五年一一月二〇日行われた衆議院議員選挙の東京都第一区の候補者安井誠一郎、同浅沼享子が、原告主張のとおり同選挙区第二班の公営立会演説会全部に欠席し、同きくなみかつみが原告主張のとおり同様欠席したことについては、当事者間に争がない。原告は、公職の候補者は公営立会演説会に参加出席すべき義務があるのに、かつてに出席せず、当面の所管者である東京都選挙管理委員会も単に出席を勧告しただけで、出席させるための適宜の対策を講じないまま立会演説会を行い、ために聴衆も極く少数にとどまることがあり、この選挙公営についてのかしは、選挙を無効にすると主張する。

もともと、集会、結社および言論その他一切の表現の自由を基盤とする議会政治のもとでは、選挙運動は、本来自由であるべきはずであり、ただそれが同時に公正に行われなければならないところから、選挙運動をする自由は、法的に規正されるにいたつている。そして、選挙運動の自由は、選挙運動をしない自由を含むけれども、この選挙運動をしない自由については、その結果が直接事実または法律上の関係における変動に結びついていないこと、立候補やその辞退が候補者本人の意思にかからしめられていることなどから考えても、法的にはこれを規正の対象とする要がないものと考えられる。もちろん、立候補した以上、選挙人が候補者について正しい認識を得、自由公正に選挙ができるよう、候補者としても、その公正な批判を受けるための十分な努力をすべきことが望まれる。けれども、積極的に選挙運動をするものについては、いろいろの面から法的にこれを義務づける要があるとしても、選挙運動をしない候補者に対しては、法的に選挙運動をすべき義務を課してまでこれを強いることは、むしろその要がないところであるといつてよい。これは、候補者の公営立会演説会参加、出席による選挙運動についても同様であつて、その参加、出席は、当然望ましいことではあるが、これに参加、出席することが法的な義務であるとまでは解し難い。そして、これは、右演説会への参加が選挙管理委員会の指定する期日までの候補の申出をまつて定まることとしている公職選挙法第一五六条、第一五六条の二、同指定期日後の参加が候補者の申立によつてされることとしている同法第一五七条の規定の律意とも照応するものであり、これらの規定が憲法の建前に牴触するものでないことは、これまでに説示して来たところから十分明らかである。なお、原告が指摘する公営立会演説会の開催されるべき選挙についての限定、演説会における候補者本人出席の原則、代理人一人の許容、録音盤の使用禁止等の規定があつても、右のとおり解する妨げとはならない。

したがつて、候補者に公営立会演説会への出席義務があることを前提とする原告の主張は、これを採用することができないばかりでなく、仮に、その義務があり公営立会演説会の管理について当をえないものがあつたとしても、本件において、その欠席によつて生じた事態が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとの点については、その主張も、これを認めるに足りる証拠もまつたくないから、いずれにしても、原告の主張を認めることはできない。

四  右のとおりである以上、本件選挙の無効であることを主張する原告の本訴請求は、認容することができないことが明らかであるから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 千種達夫 荒木秀一)

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